LENIARA 深呼吸の上手い下手


僕らが運営するLENIARAというブランドのデザイナーYUKA SHIRAHATAと話をする中でこんな言葉が僕の中に引っかかった。


「深呼吸が上手い人が...」



息を吸って、吐くだけなのだから上手いも下手もあるのかなぁ。


そんな理屈っぽいことを考えながらも同時に確かにいつも落ち着いているなぁとか、自分を持っているなぁとかそんな人がいるのも事実で、表現の方法はそれぞれ違うにしてもその人は確かに「深呼吸が上手い人」なのかもしれないなと感じる。





LENIARAというブランド

LENIARAというブランドはYUKA SHIRAHATAが純粋に「かわいい子供服がない」と思い作り始めたのがきっかけだった。

子供たちに着せてSNSでアップすると「かわいい」と話題になり販売をはじめた、7年前のことだった。


そこから子供服をアップしたり、私生活を切り取ってSNSでアップしていると

「私もそんな生活がしたい」であるとか「素敵な暮らしですね」と言われることが多くなった。


本人と話していて面白いと思ったエピソードがある


元々料理は好きだし手が早いから外食に行ったり、何かご飯を買いに行くよりも作った方が早いし楽しいから基本的にご飯は忙しくても作っているそうだ、しかし周りからは「忙しいのにちゃんと作って凄い」と言われて驚いたというのである。


確かに「手抜き=出来合い」であるとか「手抜き=外食」という印象が強い、しかもそれが「悪いこと」として扱われている風潮がある。

偶然本人の性質で「作った方が楽」だと思って作っていたら「凄い」と言われた。


というのである。

自分の普通は誰かの特別だと気付いた(気付いてしまった)


嬉しいというより「なんなんだろうこの感情は」と小さな違和感を感じるようになった。


しかし時間はすぎていく、その小さな違和感を抱えながらまた日常に戻っていく、そしてSNSに投稿するたびに自分では普通だと思っていることが「凄い」とか「素敵」とか言われるようになっていく。


そして自分の中の「普通」は誰かの「特別」だと気づいた時から少しずつズレが生じ始めてしまっていた、

自分の中の普通を発信していたはずが、徐々にそして無意識に誰かの特別を発信しようと思っていたのだ。


自分の中の自分

他人から見た自分


この2人が一緒に存在するような感覚、でも体は一つ、口も、鼻も一つ。

深呼吸は一回、

でも心は2つになった。


深く吸ったはずの呼吸は半分しか取り込まれずに徐々に呼吸が浅くなっていった。


2人目の子供を出産した時に


「誰のためにやってるんだろう」


そう感じ、他人から見た自分を生きるのをやめよう。


そう決めた。





クッキーを焼いたら掃除をしていないのがチャラになる

ある日少し時間が空いたのでクッキーを焼いた。

それを投稿したら「ちゃんと手作りのクッキーを焼いて素敵です」とコメントがあった。


自分としては時間が空いたからクッキーを焼いただけ。

本当にそれだけだった、しかも昨日掃除してないし掃除しなきゃいけないのにクッキーを焼いたのだ。



誰かの特別のために生きているんじゃない、自分は自分の普通を生きるのだ。


そう思っていたから掃除をしていないことも等身大で発信するようにした。

そしたら少し深呼吸が上手くなったような気がした。



深呼吸の上手い、下手


僕は深呼吸に上手いも下手もないとやっぱり思っている。

息を深く吸って、深く吐くだけなのだ。


だけどYUKA SHIRAHATAと話していて思うことがある。


深呼吸が上手いなぁと感じる人たちは皆きちんと一人分の空気を吸って、きちんと吐き出している。

それは当たり前なのだけれど、人は多面的である。


自分の中の自分

他人からみた自分


知らず知らずのうちに人は他人からの自分像を生きようとしてしまう。

それは世間体のためかもしれないし、自分の理想のためかもしれない。

SNSが発達して良くも悪くも自分自身を他人が簡単に評価できるようになったからかもしれない。


そして知らず知らずのうちに上手に深呼吸をしても、十分に酸素を取り入れられなくなっていく。


だって人は1人分の呼吸しかできないのだから。


深呼吸が上手いのではなく、深呼吸した空気をしっかり自分のために使える人が深呼吸が上手い人なんじゃないかなぁ。


逆に深呼吸が上手じゃない人はせっかく吸った空気を誰かのために(誰かから見た自分のために)使っているんじゃないかな。

だから酸欠で、苦しいんじゃないか。



そう思う。




LENIARAが作りたいもの

小難しい話をしたけれど、

YUKAさんがきちんと一人分の呼吸を一人のために使えるようになって、


等身大の自分を発信するようになって楽になった、そして何より「自分もそうありたい」と言ってくれる人が集まるようになった。


本人に「凄いですね」っていうと「ほんとにすごくないんですよ、嬉しくないし、普通なんですよ」と本当に迷惑そうな顔をされる。

だって本人は普通なんだから。


でもLENIARAというブランドは等身大の自分を愛してもらえるようなブランドにしたいんだ。

と言ってくれたからデザイナーに少し意地悪な質問をした、


「もしLENIARAの洋服を通じて、コミュニケーションを通じて自分自身のために生きよう!と気付いた人がいたとして、その人が自主性を持って「自分の好きを見つけました!」と言ってLENIARAの服を選ばなくなったらどうする?」


そういうと


「憧れられたいとか、LENIARAを着たらどう見られるとか、そんなことを求めているわけじゃない。なんならLENIARAの洋服を買ってくれなくてもいい、

ただ自分自身が自分自身を愛して、自分のために自分で深呼吸するとすっごく楽だよ。

そう伝えたい、

そしてそう思った時に手に取ってくれるブランドがLENIARAであればいいですね」




潔かった。







誰も完璧じゃない、そんな当たり前

LENIARAは初めてのリアルイベントを開催することになった、


LENIARA EXHIBITION @ banquet87 https://www.instagram.com/banquet_87/


2021 3/13-15


LENIARAがやりたいことを聞いた時にまずデザイナーに言われたのが「リアルイベント」だった。


僕たちが一緒にブランド運営を始めた時はまだしっかりと言語化されていなかったけど、

LENIARAが作りたい世界「等身大でいい世界」は洋服を作るだけじゃ絶対に達成できない。


僕たちはLENIARAの森を作るんだ、その森の中に入ってきて深呼吸をして欲しい。


そんな場所でありたいと思うんだ。


だからリアルのイベントは絶対に大切だと思った、洋服作りはただ好きだからやっていて、

LENIARAというブランドの本質は洋服ではなく、自分が自分だと気付いてもらうことなんだ。


そう思うとやりたいことは無限にあった、


ただただ語り合う時間も作りたいし、


深呼吸が上手だなって人の話も聞いてジャーナルも作りたいね。


森の中でエプロンを売りたいね。


そんなワクワクする話をしている。


そのどれもが自分自身が自分自身だと気付いてもらいたいというLENIARAの森の一部なんだ。


もし、最近呼吸が浅いなぁ。


そう思う人がいたなら、ぜひ一度イベントに来て何も買わなくていいから深呼吸しに来てもらいたい。





https://leniara.thebase.in/



104回の閲覧0件のコメント

最新記事

すべて表示
DSC_3844.jpg